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東京地方裁判所 平成6年(ワ)5224号 判決

主文

一  被告は、原告杉崎政治に対し、金一九六二万円及びこれに対する平成六年一月一八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告有限会社藤本鉄工所の請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告杉崎政治に生じた全費用と被告に生じた費用の二分の一を被告の負担とし、原告有限会社藤本鉄工所に生じた全費用と被告に生じたその余の費用を同原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  原告らの請求

一  原告杉崎政治

主文第一項と同じ。

二  原告有限会社藤本鉄工所

被告は、原告有限会社藤本鉄工所に対し、金一九六二万円及びこれに対する平成六年一月一八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、預託金会員制ゴルフ場を経営する被告との間でゴルフ会員権の購入契約を締結した原告らが、それぞれ、ゴルフ場の開場遅延による債務不履行に基づく解除と、さらに、原告杉崎政治については訪問販売等に関する法律(以下「訪問販売法」という)六条一項によるクーリングオフの権利行使を主張して、被告に対して支払った預託金等の返還を求めたという事案である。

一  争いのない事実など

1 被告は、ゴルフ場の経営等を業とする会社であり、埼玉県入間郡越生町大字津久根地区所在のゴルフ場「ウィルソンゴルフクラブジャパン鶴ヶ島コース」(旧武蔵の森ゴルフ倶楽部)(一八ホール。以下「本件ゴルフ場」という)を経営している。

2(一) 原告杉崎政治(以下「原告杉崎」という)は、平成三年七月二二日、被告の代理店である訴外株式会社高穂企画(以下「高穂企画」という)を通じて、被告から、別紙会員権目録一記載の本件ゴルフ場の会員権を購入する旨の契約を締結し、被告に対し、入会金四一二万円(内消費税一二万円)及び預託金一五五〇万円の合計金一九六二万円を支払った。

(二) 原告有限会社藤本鉄工所(以下「原告会社」という)は、同年八月二六日、被告との間で、別紙会員権目録二記載の本件ゴルフ場の会員権を購入する旨の契約を締結し、右(一)と同様の入会金及び預託金合計金一九六二万円を支払った。

(以下では、これらの本件ゴルフ場の会員権購入契約を「本件会員契約」という)。

3 被告作成の本件ゴルフ場の会員募集用パンフレットにおいては、本件ゴルフ場の開場予定時期は「平成五年秋」と記載されていた。

4 原告らは、被告に対し、平成五年一二月二九日到達の書面をもって、それぞれ、訪問販売法六条一項に基づくクーリングオフの権利の行使及び開場遅延による債務不履行に基づき、本件会員契約を解除する旨の意思表示をし、支払ずみの前記預託金等を平成六年一月一七日までに返還するよう求めた。

二  争点

1 訪問販売法六条一項に基づく原告杉崎のクーリングオフの主張の当否

(原告杉崎の主張)

(一) 原告杉崎と被告間の本件会員契約は、被告の代理店高穂企画の社員秋山信子(以下「秋山」という)が原告杉崎の勤務先を訪問して契約の申込みを行い、これに基づいて締結されたものであるが、被告又は高穂企画は、右申込時及びその後の契約締結に際して、訪問販売法四条、五条所定のクーリングオフを告知する書面を交付しなかった。

そこで、原告杉崎は、被告に対し、前記のとおり書面によってクーリングオフの権利を行使して、本件会員契約を解除する旨通知した。

(二) 被告は、原告杉崎の本件クーリングオフの権利の行使が権利の濫用に当たるなどと主張するが、被告自身、現在に至るまで右書面を交付しようとしないし、原告杉崎がクーリングオフの制度を知ったのは本件原告訴訟代理人らに相談して初めてのことであったから、本件会員契約成立後右クーリングオフの権利の行使までの間にかなりの期間が経過したとしても、それはやむを得ないものである。

まして、開場遅延を理由とする債務不履行解除の主張と併せて、クーリングオフの権利を行使してはならないという理由はない。

(被告の反論)

(一) 被告は、高穂企画は原告杉崎に対して訪問販売法四条、五条所定の事項を記載した書面を交付したとの報告を受けているから、右書面不交付を前提とするクーリングオフについての原告杉崎の主張はすべて否認する。

(二) 仮に、右書面の交付がなされていなかったとしても、本件会員契約は以下のとおりクーリングオフの権利の行使のできない場合に該当するから、原告杉崎のクーリングオフについての主張は理由がない。すなわち、

(1) 本件会員契約は、原告杉崎が平成三年七月一八日に自ら高穂企画に電話をかけて申込みを行い、その電話の際に、同社がこれを承諾して契約が成立したものであるから、本件は、訪問販売法六条一項にいう「販売業者等の営業所等以外の場所」において契約の申込みがなされ、又は契約が締結されたものとはいえず、同条所定の要件を欠いている。

(2) 仮に、右電話の際に契約成立に至ったものでないとしても、秋山は、その営業所で受けた原告杉崎の申込みに基づき、同月一九日に原告杉崎の勤務先を訪問して契約を締結したのであるから、本件は、同条一項柱書部分の括弧書内の「営業所等において申込みを受け、営業所等以外の場所において契約を締結した」場合に当たるから、同条によるクーリングオフの権利の行使ができない場合に該当する。

(3) 仮にそうでないとしても、原告杉崎は、その住居と実質的に同視でき勤務先に高穂企画の担当者を自ら招き入れた上で、本件会員契約の申込みをし、又は契約締結を請求したものであるから、本件の訪問販売は、同法一〇条二項一号により、同法六条一項によるクーリングオフの権利の行使ができない場合に該当する。

(三) また、仮に、本件会員契約について訪問販売法六条一項によるクーリングオフが適用されるとしても、原告杉崎は、本件会員契約締結後約二年半が経過した後に、右契約の有効な存続を前提としてゴルフ場の開場遅延による債務不履行に基づく解除を主張する一方で、契約の遡及的解消をめざすクーリングオフの主張をしていること、また、原告杉崎は、かねてから本件ゴルフ会員権以外にも多数のゴルフ会員権を購入しており、ゴルフ会員権の購入については十分な知識を有していたところ、本件会員契約は投機目的からなされたものと考えられ、本訴はバブル景気崩壊による会員権価格低下に基づく損失を回収しようとするためのものにすぎないことなどからすると、原告杉崎は訪問販売法がクーリングオフ制度を設けることによって保護しなければならない一般消費者に当たらず、本件クーリングオフの権利行使は同法の予定しないものであって、権利の濫用に当たり、許されない。

2 開場遅延を理由とする債務不履行解除の主張の当否

(原告ら)

(一) ゴルフ会員権は、ゴルフ場の優先的施設利用権を主たる内容とする権利であり、プレー開始時期がいつであるかは会員契約において本質的な要素であるというべきところ、本件ゴルフ場の開場時期は、当初の募集用パンフレットにおいては「平成五年秋」と予定されていたにもかかわらず、その後、二年半が経過した現在でも未だ完成しておらず、被告の主張する今後の見通しによっても、クラブハウスの完成をみて本開場するに至るのは平成八年八月頃ということになる。

そうすると、本件ゴルフ場の開場時期というのは「平成五年秋」から約二年一〇か月後ということになるから、社会通念上許容される範囲内の遅延とは到底いえず、被告の履行遅滞は明らかである。

なお、被告は、右クラブハウス完成に先立ついくつかの時点を捉えて、本件ゴルフ場が完成して開場している旨主張するが、クラブハウスは、会員にとって、プレーヤーとして重要な施設であるばかりか、これが完成していないゴルフ場の会員権は譲渡に値する資産価値を有しないものとされているから、クラブハウスが完成されない限り、ゴルフ場が正式に開場したとはいえない。ゴルフ場等に係る会員契約の適正化に関する法律及び同法施行規則によれば、ゴルフ場事業者は、クラブハウスを含めた施設の計画内容を明示するよう義務付けられており、開場したというためには右施設が完成し、利用できる状態にあることが必要であるとされている。

(二) そして、被告は、当初本件ゴルフ場の開発、経営等を行っていた平成興発株式会社(以下「平成興発」という)から平成三年六月頃に右事業を受け継いだものであるが、もともと、ゴルフ場建設は自然を相手とする上、行政庁の許認可取得や用地買収等の点でかなりの期間を要することは明らかなことであるから、余裕をみた適切な計画と厳格な倫理感に基づいて事業遂行に当たるべきであったばかりか、右承継の時点では、造成工事業者である株式会社間組の残置森林の無許可伐採とこれによる工事休止の事実が既に判明していた以上、その後に環境アセスメントのやり直し等の行政指導を受けたからといって、そうしたことは当然予測し得たものといわなければならない。被告は、そうした中で、あえて開場予定時期を「平成五年秋」と明言して会員権販売を行ったのであるから、行政指導に基づいて工事再開が遅れ、これによって開場が遅れたことについて被告に責任がないとすることはできない。

(三) 被告は、原告らの本件債務不履行解除が権利の濫用に当たるなどと主張するが、前記のとおり本件ゴルフ場の開場の遅延が当初の開場予定時期からみて約二年一〇か月も遅れるという許容されないものであり、しかも、その遅延原因が被告の見込みの甘さと怠慢に基づくものであるのに対し、被告主張の本件ゴルフ場での視察プレーはその実施期間がごく短期間であり、クラブハウス未完成の中で行われたものであること、被告の関連ゴルフ場を利用できるという代替措置も、ビジターとして遠距離の土地にまで出向いた上、予約者のいないときに限ってプレーできるという内容のものであり、そのほか、被告自身、開場遅延について十分な説明を行っていないことなどからすると、原告らの本件債務不履行解除が権利の濫用に当たるとは到底いえない。

(四) また、本件ゴルフ場は、右解除時においてはおよそ催告期間内に開場する可能性がなかった以上、原告らが右解除に先だって催告を行ったとしても、右開場実現による履行遅滞の解消する可能性がないのであるから、催告なしに行われた本件債務不履行解除は有効である。

(被告の主張)

(一) ゴルフ会員の募集用パンフレットに記載された開場予定時期の記載というのは、ゴルフ場建設工事の困難性や許認可取得の特殊性からすれば、当初設定された開場予定時期がある程度変更され得ることは当然の前提とされていたものであり、右開場予定時期というのは一つの努力目標ないし目安にすぎないというべきである。したがって、それが会員契約の要素となることはなく、パンフレット記載の開場予定時期から多少の遅延が生じたとしても、会員との関係で、債務不履行となることはない。

しかも、本件ゴルフ場は、平成六年一〇月から視察プレーが実施され、平成七年秋には一八ホールが完成し、ゴルフコースとして使用できる状態になった。被告は、平成八年一月二四日付けで埼玉県知事から開発行為に関する工事の検査済証及び林地開発の全体完了についての通知を受け、同年三月一日から仮クラブハウスを用いて営業を開始する予定にしているのであって、クラブハウスも同年七月末には間違いなく完成する。

以上からすると、本件ゴルフ場の開場は、当初の予定時期からみて、前記視察プレー時点ではわずか一年の遅延にすぎないし、一八ホールのゴルフコースの完成時点では二年の遅延があるにすぎず、この程度の遅延は社会通念上許容される範囲内のものであるから、被告に債務不履行はない。

(二) 仮に、本件ゴルフ場の開場遅延が債務不履行に当たるとしても、右遅延には以下のとおりやむを得ない事情があったから、被告には、責に帰すべき事由がない。

(1) 本件ゴルフ場は、平成興発が事業主体となって開発、建設を進め、被告はその会員権販売に当たっていたところ、その後、平成興発の事業遂行能力不足が判明したため、ゴルフ場建設事業頓挫の回避及び地元地区からの防災面等での工事完成要望により、被告が平成四年七月に平成興発に代わって事業主体としての地位を承継し、本件ゴルフ場の建設を引き継ぐことになった。

(2) しかし、被告は、その時点においては、間組の残置森林の無許可伐採のために、平成興発が埼玉県知事から平成三年八月六日から一年間の工事休止命令を受けていたことは承知していたものの、その後に環境アセスメントをやり直したり、工事再開までに行政当局との間で長期間にわたる調整手続と多大の労力を要したりすることになるとは予見できず、被告が現実に工事再開をなし得たのは、平成六年三月一六日のことであった。

(3) その間、被告は、バブル景気崩壊に伴う資金難に遭うなどの事情変更が生じたが、被告は、早期開場に向けての努力を続け、原告らを含む会員に対し、本件ゴルフ場でのプレーに代わる措置としての被告の関連ゴルフ場においてプレーできるよう配慮したり、本件ゴルフ場でも視察プレーを実施したりしており、しかも、平成八年三月から営業が開始されることからすれば、右遅延によっても、会員に対してプレー上の支障を生じさせることはなかったというべきである。

(三) また、預託金会員制のゴルフ会員契約というのは、他の会員に対しても影響を持つものであり、原告らの本件債務不履行解除による預託金返還を容認することは、他の会員による同一の行動を招来し、結果として、本件ゴルフ場を倒産に追い込むことになりかねず、真に本件ゴルフ場の本開場を待ち望んでいる会員に対して著しい不利益を及ぼすものとなる。

したがって、少なくとも本件のように開場が間近に迫っているゴルフ場については、各会員による個別の解除権の行使は制限されるべきである。

そして、本件の原告らが前記のとおり投機目的で本件ゴルフ会員権を購入したものであり、バブル景気崩壊による価格低下に基づく損失の回復を図るために解除の主張をしているものと考えられること、被告が前記代替措置や視察プレーの開催等を行ってきていることなどからすれば、原告らの本件債務不履行解除は権利の濫用に当たり、許されない。

(四) さらに、原告らは、本件債務不履行解除に当たって催告を行っていないから、解除は無効である。

3 被告の引換給付についての主張

仮に、原告らの請求が認容される場合には、被告は、原告らに対し、前記預託金等の支払と引き換えに、被告が本件会員契約に基づいて原告らに交付した本件ゴルフ会員券及び預託金証書の返還を求める。

第三  当裁判所の判断

一  訪問販売法六条一項に基づく原告杉崎のクーリングオフの主張の当否について

1 まず、本件会員契約の目的たるゴルフ会員権は、訪問販売法二条三項、同法施行令二条二項・別表第二の一号所定の「指定権利」ないし同施行令二条三項・別表第三の三号所定の「指定役務」に当たるから、被告が営業所等以外の場所においてこれを販売することは同法にいう「訪問販売」に該当するというべきである。

なお、前記「争いのない事実など」と《証拠略》によると、原告杉崎は、被告の代理店である高穂企画を通じて本件会員契約を締結するに当たり、その申込時ないし契約締結の際、被告又は高穂企画から訪問販売法四条、五条所定の書面の交付を受けなかったことが認められ、これによると、原告杉崎は、右書面の交付を受けていない以上、クーリングオフの権利の行使につき、現在まで、同法六条一項一号所定の行使期間の起算がなされないことになるから、その制限を受けることはないというべきである。

2 原告杉崎は、右の事実を前提として、本件会員契約のクーリングオフの主張をするので、以下検討する。

(一) 前記「争いのない事実など」と《証拠略》によると、高穂企画(代表者岸野友市)は、平成三年六月当時、被告の依頼を受けて、本件ゴルフ場の会員権の販売業務に当たっていたこと、高穂企画社員の保刈早苗は、その頃、原告杉崎に対し、本件ゴルフ場の会員募集用パンフレットを送付し、同会員権の購入方を勧誘したこと、その後、高穂企画社員の秋山と原告杉崎は、右購入について電話等で話合いをした後、同年七月頃、原告杉崎は、高穂企画の事務所に電話をかけ、秋山に対し本件ゴルフ場の会員権を購入する旨の意向を伝え、秋山が右申込み手続を行うために同月一九日に原告杉崎の経営する杉崎鉄工株式会社の事務所(同原告の自宅と同一の敷地内にある。)に同原告を訪ねる旨の打合せをしたこと、そして、秋山が右のように出向いたのは販売業務上のサービスとしてのことであり(前記岸野証人の証言調書第一四項)、秋山は、右同日、右事務所において原告杉崎から入会申込書等の作成を得たこと、被告では、右入会申込みに基づき、原告杉崎の入会審査を行った後、同原告に対して同月二二日付けで右入会を承諾する旨の「入会承諾書」を送付したこと、その後、原告杉崎は、被告に対し前記預託金等を送金したこと、そして、被告の定めた会則では、右入会手続につき、その希望者は所定の様式に従った申込み手続を行い、運営委員会(ないし理事会)の承認を経て、入会承認日から二週間以内に入会金及び預託金(会員資格保証金)の払込みをなすべき旨定められていることが認められる。

(二) 右認定事実によると、原告杉崎と被告間の本件会員契約は、秋山が同年七月一九日に原告杉崎の勤務先事務所に出向いた際に同原告から正式な入会申込みがなされ、その後の被告内部での審査を経て同月二二日に入会承諾がなされることによって締結されるに至ったものと認めるのが相当である(なお、本件のようなゴルフ会員契約の成立に関しては、最高裁判所第三小法廷昭和五〇年七月二五日判決[判例時報七九〇号五五頁]が右と同旨の見解を判示している。)。

そうすると、本件会員契約は、訪問販売法六条一項にいう、販売業者等がその営業所等以外の場所において指定権利ないし指定役務について契約の申込みを受け、これに基づいて契約が締結された場合に該当するというべきである。

したがって、原告杉崎は、同条一項に基づくクーリングオフの権利を行使し、本件会員契約を解除できるものといわなければならない(右のように、販売業者等が営業所等以外の場所において申込みを受けた後に、業者が営業所等に戻ってあらためて承諾行為をして契約を成立させた場合においても、クーリングオフにより契約の解除をなし得ることは、同法六条一項の規定から明らかなところである。)。

3 この点について、被告は、前記のとおり、本件はクーリングオフの権利が行使のできない場合に該当する旨主張する。

(一) そのうち、営業所等において電話による契約の申込みがなされ、あるいはその際に契約が締結されたとする主張については、前記認定事実に照らすと、本件ゴルフ場の入会手続には会則上一定の手続による申込みと承認を要する旨定められているのであるから、原告杉崎の前記購入意思を伝えた程度の電話連絡をとらえて、右申込みを行ったものとは認められず、まして、その際に契約が成立したものとは認められないといわざるを得ず、被告の右主張は採用できない。

(二) また、原告杉崎がその住居と実質的に同視できる場所において契約の申込み又は契約締結をすることを請求したとする主張については、前記認定事実に照らすと、秋山が原告杉崎の経営する会社の事務所に出向いたのは同原告からの請求というよりは高穂企画が販売代理店として通常のサービスとして行われたものであると認められるから、原告杉崎自らが右申込み又は契約締結を請求したとはいえず、また、それが事前のアポイントメントを取った上での訪問であるからといって直ちに原告杉崎がこれを請求したものとはいえないから、被告の右主張は採用できない。

4 さらに、被告は、原告杉崎の本件クーリングオフによる解除は権利の濫用に当たるとして色々と主張する。

しかしながら、本件において、クーリングオフ期間が起算されないことになったのは、前記のとおり、そもそも被告又は高穂企画が訪問販売法が刑事罰をもってその交付を義務付けている書面を交付しなかったという被告側の落度に起因するものであるから、原告杉崎の本件クーリングオフの行使に至るまでに期間が経過し、あるいは右行使の主張が法律上の主張として開場遅延による債務不履行解除と併せて主張されているからといって、そのようなことから、原告のクーリングオフの権利行使が権利の濫用に当たるとは認められない。

さらに、《証拠略》によると、原告杉崎は、本件会員契約締結以前から、多数のゴルフ会員権を購入し、あるいはそのいくつかを売却していたことが認められるが、一方、右証拠によると、原告杉崎は、右会員権購入にかかる各ゴルフ場で自らプレーもしていたことが認められ、これによると、これら会員権の購入が投機目的だけでなされたものとは直ちに断じ難く、原告杉崎の右のようなゴルフ会員権購入歴をもって、本件クーリングオフの権利の行使が権利の濫用に当たるとすることはできない。

5 以上によると、本件において、原告杉崎のクーリングオフの権利の行使が許されないとする被告の主張はすべて理由がない。

6 したがって、原告杉崎は、被告に対し、本件会員契約のクーリングオフによる解除に基づき、支払ずみの本件預託金等金一九六二万円及びこれに対する返還催告期限経過後の平成六年一月一八日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めることができ、原告杉崎の本訴請求はこの点において理由がある。

7 なお、被告は、右預託金等の支払につき、本件ゴルフ会員券及び預託金証書の返還との引換給付判決を求めているが、民法四八七条によれば、これら債権証書は、弁済者が全部の弁済を履行して初めて返還請求をなし得るものと解されるから、本件預託金等の支払と同時履行の関係に立つものと解することはできず、被告の右主張は採用できない。

二  開場遅延による債務不履行解除の主張の当否について

1 原告らが本件会員契約締結の際に被告側から受領した会員募集用パンフレットにおいて、本件ゴルフ場の開場予定時期が「平成五年秋」と記載されていたことは前記判示のとおりである。また、《証拠略》によると、秋山は、原告杉崎に対し、本件会員契約締結後も右開場時期が平成五年秋である旨を述べていたことが認められ、さらに、《証拠略》によると、ゴルフ関係誌においては、平成四年六月頃発行分に至るまでなお、本件ゴルフ場の開場予定時期が平成五年秋と記載されていたことが認められる。

2 ところで、ゴルフ場の建設には、広大な用地と莫大な資金を必要とし、各種法令上の制約や事実上の障害が多いため、行政上の許認可の取得や建設工事の遂行には相当の期間を要し、その間に生ずる障害の解消と事情変更のためにゴルフ場の開場が当初の予定時期よりも遅延することは通常起こり得べきことであり、その遅延が、社会通念上合理的な範囲内にとどまるものである限り、やむを得ないものとして許容されるべきであり、入会する会員においてもこれを暗黙のうちに了承しているものと解すべきであるから、その程度の遅延は、ゴルフ会員契約上の履行遅滞には当たらないものと解するのが相当である。

したがって、本件においては、本件ゴルフ場の開場の遅延が、原告らが被告との間で本件会員契約を締結した当時に開場予定時期とされていた「平成五年秋」との時期からみて、社会通念上合理的な範囲内にあるとして許容されるものか否かを検討していくべきことになる。

3 《証拠略》によると、以下の事実が認められる。

(一) 本件ゴルフ場の建設工事は、当初平成興発(当時の商号は本州興発株式会社)が事業主体となって手掛けたものであり、同社が昭和六三年二月に開発許可を取得した上、間組に対して右造成工事を発注していたが、被告は、その当初から、平成興発に対して有する債権の担保として、本件ゴルフ場の会員募集を含む営業面での権利を取得し、本件ゴルフ場の営業に関与していた。

(二) ところが、間組は、平成元年八月頃、残置森林について広範囲にわたって無許可伐採を行い、埼玉県から三回にわたって工事中止の勧告等を受けたことから、平成興発では、平成二年以降、森林の植戻しなど緑地復旧措置を行うべき旨の行政指導に従わざるを得なくなった。

(三) 被告では、平成三年六月頃以降本件ゴルフ場の会員募集を開始したが、その時点では、建設工事は約五割程度完成していたものの、既に約一年間にわたって工事が中断したままの状態にあり、さらに、平成興発は、埼玉県知事から、同年八月六日からその後一年間に及ぶ工事休止を命ぜられるに至った。なお、秋山は、前記のとおり平成三年七月に原告杉崎との間で本件会員契約締結の交渉を行った際には、同原告に対し右一年間に及ぶ工事休止命令のことを説明していた。

(四) そして、被告は、その頃から、資金難に陥っていた平成興発に代わって本件ゴルフ場の建設、経営に当たるようになり、平成四年四月頃には同社から右経営権を譲り受け、同年七月に正式に事業主体の変更手続がなされた。

(五) 被告は、平成四年八月に前記一年間の工事休止期間が経過した後も、埼玉県から引き続き環境アセスメントのやり直し等の指導を受け、さらに開発許可事項等の変更申請(申請は平成五年七月)や環境評価書の作成・提出等を要したため、これらの手続がすべて終了し、右許可がなされたのは平成六年三月一六日のことであり、右時点からようやく工事の再開(施工業者はロイヤル建設株式会社等に変更)ができる状態になった。

(六) その間、被告では、平成五年六月、原告らを含む会員に対し、関東近郊の被告の関連ゴルフ場三か所において、空き時間に限って、各ゴルフ場の会員と同一条件でプレーができるようにする旨の代替措置を講じ、実際にこれを利用する会員もいた。

(七) その後、本件ゴルフ場の造成、芝張り工事等の進行に基づき、平成六年一〇月二六日には九ホールのコースによる視察プレーが開始され、平成七年一〇月には全一八ホールのコースについて芝張り工事が完成した。

(八) その頃、被告では、同年一一月の仮オープンを見込んでいたものの、工事完了検査が遅れ、平成八年一月下旬に至り、埼玉県知事から開発行為に関する工事の検査済証及び林地開発の全体完了の通知を得たことから、同年三月一日をもって、仮クラブハウスを用いての仮オープンを予定している。

(九) クラブハウスの建設については、平成七年一二月に建築確認の通知を受け、昭和建設株式会社が右施工に当たっており、同年七月末日にこれを完成させるべきことを確約しているため、本件ゴルフ場はその頃にオープンできることが確実となっている。

4(一) 前記認定の事実関係によると、被告は、前記会員募集用パンフレットに基づいて会員募集等の営業行為を行っていた平成三年六月当時において、既に間組による無許可伐採及びこれに基づく工事停止の状態とさらに一年間に及ぶ工事休止命令の事実を承知していたものといわざるを得ない。

そして、《証拠略》によると、埼玉県では、我が国都道府県の中でも、ゴルフ場の新設や残置森林率等の点で厳格な規制基準が定められており、平成二年一〇月以降右残置森林率の基準が引き上げられたことが認められ、右事実によると、被告においても、平成三年六月の時点では埼玉県から前記無許可伐採に関して引き続き相当厳しいペナルティないし是正措置等の実施を課せられるであろうことは容易に予測し得たものと考えられる。

したがって、被告が平成三年六月の時点で本件ゴルフ場の開場予定時期をたやすく「平成五年秋」と見込んで会員権販売に当たったことは、その時点での前記工事完成割合を考慮しても、やはり本オープン時期についての見通しが甘かったものといわざるを得ない。

(二) しかしながら、一方で、前記認定にかかる事実上の工事停止状態から工事再開までに相当の年数を要したことについては、もっぱら、埼玉県の行政指導とこれに沿った環境アセスメントのやり直し及び評価書の作成、開発許可事項等の変更手続など、行政当局との協議、対応に時間を要したことに基づくものであったということができる。

そして、被告は、平成三年六月の時点では開場予定時期をその約二年四か月後の「平成五年秋」と見込んでいたところ、結果的に、平成六年三月の工事再開時から本オープン予定の平成八年八月までには、右とほぼ同期間をもって、その後の工事を完成させ、開場にこぎつけたといい得る。

しかも、前記認定事実によると、被告は、「平成五年秋」の開場実施が困難となる中で、会員に対し、平成五年六月から他の関連ゴルフ場を利用できるよう代替措置を講じており、また、《証拠略》によると、被告は、会報等によって、会員に対し、本件ゴルフ場の工事の進捗状況や、前記代替措置及び視察プレーの実施等について説明を行っていたことが認められる。

さらに、何よりも、本件ゴルフ場は、クラブハウスこそ今なお未完成であるものの、平成八年八月にはこれが完成して本オープンすることが確実視されているのであるから、当初の会員募集用パンフレット記載の開場予定時期と対比すると、結局、本オープンまでには約二年一〇か月程度の遅延ということになり、また、仮クラブハウスを用いての全一八ホールのコースによる仮オープンとなる平成八年三月の時点までには、右二年半の遅延ということになるのである。

(三) 以上にみた事実関係を総合して考えると、被告においては、行政庁との対応及びこれに要する期間等に関する見通しについていささか甘さがあったことは否定できず、また、クラブハウスの重要性はたしかに原告ら主張のとおりではあるものの、この種の大規模な開発、建設工事をめぐる行政庁との協議、対応にはかなりの日時を要しがちであり、その迅速化には民間業者側の努力だけでは容易に解決し得ない面がないではないこと、被告は、工事再開後は真摯な努力を続けて工事を完成させ、本件ゴルフ場は、前記開場予定時期から約二年半後の時期で仮オープンとなり、間もなくクラブハウスが完成して本オープンとなること、また、本訴のようなゴルフ場の開場遅延に関する裁判例では、その遅延が許容されるべきものか否かにつき、遅延期間としては大体二年程度が一つの目安とされてきていること、そのほか、原告ら自身、あくまでプレー目的で本件会員契約を締結したことを自認している上、右契約締結時には、秋山から違法伐採のために既に工事に遅れが出ていることを聞いていたこと、被告の平成興発からの事業承継の経緯やその間に生じたいわゆるバブル景気崩壊に伴う経済状況の変化等の諸事情からすれば、本件ゴルフ場の開場遅延の程度は、その会員募集当時の状況及びその後の経過等に照らし、社会通念上合理的な範囲を超えた許容し難いものとまでは認められず、これについて被告に債務不履行があったとすることはできないというべきである。

5 以上によると、被告について本件ゴルフ場の開場遅延に基づく債務不履行があったとする原告らの前記主張は理由がないというべきである。

三  したがって、原告杉崎の本訴請求は前記一6のとおりこれを認容すべきであるが、原告会社の本訴請求は理由がないので棄却すべきものである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 安浪亮介)

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